
現在の日本では、NHKラジオで放送された天皇の肉声録音による「日本が戦争に負けた」という発表(玉音放送)が行われた1945年8月15日正午を終戦記念日と言いますが、1951年ごろまでは日本が占領下にあったこともあり9月2日(ポツダム宣言受諾の降伏文書に調印した日)を「降伏の日」などと呼ばれていました。
1945年8月15日は、「朝から天皇が正午から重大な発表を行うので、必ずラジオを聴くように」と繰り返すアナウンスされていましたが、初めて天皇が肉声をラジオで放送し、戦争に負けたこと、及び降伏を発表したということは日本全土に衝撃を与えました。
天皇の肉声による放送は、前日の深夜空襲警報の合間をぬって皇居で録音されたものでしたが、降伏に反対する一部の将校が録音盤を奪取しようとする反乱計画もありました。この反乱計画は未遂に終わりましたが、この放送が行われた後、多くの日本人が大地にひざまづき涙を流しました。悔し涙を流し自決した人もいますし、安堵の涙を流した人も多くいました。しかし、人々の思いは天皇を中心として一丸となってきたわけですから、「堪え難きを絶え忍び難きを忍び」という言葉は、日本人の心に深く染み渡るものであったのです。